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あ、僕、必要とされてるんだ。って知ったときの喜びについて

最近、大学時代の超絶仲のいい友人(女性)に、すごく嬉しい事を言われた。

 

「あなたは優しいんだからもっと自信持っていいんだよ。(サークルの)同期の女子の中でも、割と人気あるんだから」

 

おいおいまじでか。まじでか。

 

なんだこれ。

 

アオハルかよ。

 

 

 

日々、どうやったらモテるのか、どうやったらモテるのかをばかり考えている自分がダサすぎる。

 

そんな自分をぶん殴りたい気持ちになった。

(痛いのでやめた)

 

なぜ僕には彼女ができないのか。

 

イケメンとは言い難く、低身長で運動神経もよくない。

 

ずかずかと平気で人の心に土足で踏み込むし、オンオフ激しいし感情がすぐ顔に出るし、何かおもしろいことを言わなければいけない、何かおもしろいツッコミを、小ボケを…と常に考えている始末である。誰と話していても、だ。

 

 

僕は、コミュニケーションにおいて、ストレートが投げられない。つまり、何かおもしろいことを、と常に考えているが故、ふつうに会話ができないのだ。

 

コミュニケーションに真剣さがない。

 

高校が男子校という少々特殊な環境であった、というのも少なからず影響しているのかもしれない。変化球しか投げられず、しかもその変化球が曲がりすぎる。キャッチャーミット側が動いてもらわないとコミュニケーションが成立しない。そんなキャラなのだ。僕という男は。

 

 

ふざけているわけではない。これが僕の普通なのである。

 

疎まれても、周りから浮いても仕方ない。現に学科の中ではかなり浮いていた。

 

でも、そんな自分をちゃんと見てくれてる人たちがいたんだ。

 

それも、1人や2人ではなく。

 

ちなみに、サークル同期の女性友人たちとはすごく仲がよい。今も会うし。

 

ノリがよくて、話してて楽しい人たちだ。

 

何が嬉しいって、自分が好きな人たちが、自分のことをそんな風に思っていてくれてるってこと。

 

あ、僕って、みんなの中にちゃんといるんだな。ただのうるさいやつ、ぶっ飛んだ変なやつじゃなくて、みんなの目にちゃんと写ってるんだな。って知ったときの喜びをさ、表現できるほど僕は言葉を知らないんだ。

 

ただ、それを一言で言うなら、嬉しい。ありがとう。

 

 

あ、二言になっちまった。